ナノ・マイクロレベルの熱物性値の計測技術は,次世代熱工学の基盤としてのみならず,あらゆる分野を横断する最先端研究開発の基盤技術として極めて重要である。また学術的には,これら最先端の技術的課題を包括的に取り扱うためのナノ・マイクロ輸送現象に関する横断的な学問体系を構築する必要がある。本研究の目的は,近接場光や熱的ゆらぎに起因した表面波そして温度波の干渉などを利用した測定原理と光MEMS技術を革新的に融合し,ナノ・マイクロレベルのエネルギー・運動量・物質輸送物性(熱伝導率,温度伝導率,粘性係数,拡散係数,ソーレー係数など)を包括的にセンシング可能なナノ・マイクロ熱物性センシング技術群を高度化(精度・時空間分解能の飛躍的向上および計測パラメータの拡張)することによって,新たな工学的応用を開拓し,『ナノ・マイクロ熱物性センシング工学』を確立することである。

               

 長坂 雄次(YUJI NAGASAKA)
 慶應義塾大学 理工学部
 教授
 [研究内容]
 システム熱物性工学/フォトサーマル計測技術/マイクロ・ナノスケール熱物性/熱力学

 斎木 敏治(TOSHIHARU SAIKI)
 慶應義塾大学 理工学部
 教授
 [研究内容]
 ナノフォトニクス/近接場光学顕微鏡/半導体量子構造/波動関数工学光情報記録

 田口 良広(YOSHIHIRO TAGUCHI)
 慶應義塾大学 理工学部
 准教授
 [研究内容]
 マイクロ・ナノ熱工学/Optical MEMS/マイクロマシニング技術


 これまで開発を進めてきた熱物性センシング技術(近接場光学熱物性顕微鏡(図1),フォトサーマル赤外検知法,レーザー誘起表面波法,リプロン表面光散乱法,ソーレー強制レイリー散乱法)に新たに4つの熱物性センシング技術(周期加熱サーモリフレクタンス法,光MEMS粘性センサー,光MEMS拡散センサー,近接場相関分光法)を加えた計9種類のセンシング手法を以下の2つの方向で高度化させ,新たな工学的応用を実施する。

近接場光学熱物性顕微鏡

高度化①「精度・時空間分解能の飛躍的向上」
[1] 近接場光,レーザー誘起表面波や温度波の干渉など熱物性測定の原理としては従来利用されていなかった物理現象を応用して時空間分解能を向上させる。
[2] より厳密なWorking Equationsの導出とGUMによる不確かさ評価および計測システムの性能向上。

高度化②「計測パラメータの拡張と新規熱物性センシングへの応用」
[1] 従来考慮されていなかった新たな計測パラメータ拡張を行う。
[2] 開発した熱物性センシング技術を拡張発展させて新規熱物性に適用する。
[3] 熱物性センシングの原理を利用したMEMSセンサーを開発する。

【期待される成果と意義】
 本研究で提案・高度化させる9種類の熱物性センシング技術は,これまでの古典的熱物性計測技術と比較して,本質的にナノ・マイクロレベルの系に適した計測手法であり,申請者らが考案した独創的なもので学術的にも大きな特色がある。このような日本発の世界最先端の独創的センシング技術が実用化されれば,半導体デバイス,バイオチップ,ナノ材料,燃料電池,超伝導応用デバイス等の技術開発における重要なデータとして,ナノレベルの熱伝導率,粘性率や拡散係数等の熱物性が高い精度で取得でき,微細デバイス内部の温度分布,濃度分布や速度分布等の数値シミュレーションの信頼性を格段に向上させることが可能になる。学術上では『ナノ・マイクロ熱物性センシング工学』という熱工学・化学工学・材料工学・計測工学・ナノ工学などを横断的に融合した新たな学問分野を切り拓くことになる。本研究成果は,単に計測技術そのものだけに留まらず,ナノ・マイクロ熱物性センシング群をベースにした例のない工学的応用や熱物性データを提供するという意味で,その意義は大きい。


  • Oka, T., Itani, K., Taguchi, Y. and Nagasaka, Y.,” Development of Interferometric Excitation Device for Micro Optical Diffusion Sensor Using Laser-Induced Dielectrophoresis”, J. Microelectromechanical Systems, 21(2), pp. 324-330, (2012).
  • Kasahara, K. and Saiki, T.,“Numerical simulation of near-field fluorescence correlation spectroscopy using a fiber probe”, J. Nanophotonics, 4, 043502/1-6, (2010).


長坂・田口研究室 http://www.naga.sd.keio.ac.jp/
斎木研究室 http://www.saiki.elec.keio.ac.jp/